98年1月6日  「異邦人」

 何回か機械がクラッシュして保存してあったメールアドレスが消えてしまった。
 常日頃メールアドレスだけは別ファイルにしておこうと思っていたのだが消えてしまうまで忘れており青くなっている。
 懐かしい人で連絡を取りたいと思ってもメール発信が出来ないことがある。
 インターネットによるメール交換は、体験していない人にとっては全く関係無い世界であるが一度これに手をつけると便利この上なく、接続不可となると電話が繋がらない世界に入ったようなもので孤独と不安が襲ってくる。
 通産省にいた人の話だが、出先に回された時そこにはパソコンが無く当然ながらメールアドレスも付与されなかった。
 それまで毎日パソコンからメールを受け取り仲間とデータ交換をしながら日々を過ごしていただけにメールやパソコンを使ってのコミュニケーションが出来なくなったときは「陸の孤島」に島流しにあったような感じになったらしい。
 その人は40歳後半の年代で始めてパソコンを前にしたとき機械に唾をかけていた人である。
 旧来の情報取得手段に帰ればよいのだろうが一旦楽な道を覚えると戻るには時間がかかる。
 マニラの友人からメールが一年ぶりに入った。
 これまで連絡を取りたくともメールアドレスが吹っ飛んでしまっていたので連絡がつかなかった人である。
 フィリッピンの世情悪化により通信環境が悪くなり連絡がつけれなくなったのではないかと心配していたのだが、元気に、そして気ままに過ごしているらしい。
 年金需給手続きの為に日本に来てパソコンショップを物色していたと記してあった。
 眠たいときに寝て気ままに生活しているらしい。羨ましい限りだ。
 これからは都会にいようが田舎にいようがパソコンと電話線があればコミュニケーションは不便さを感ずることなく可能であり、「自分は田舎にいるから・・・」というような弁解がましい言葉は吐けないであろう。
 上海からのメールも時たま入る。大蔵省を若くして退官したキャリア官僚であるが北海道に遊びにくるとき連絡が入る。
 この世界は歌手・久保田早紀の「異邦人」に出でくる「子供たちが空に向かい両手を広げ・・」の世界だ。
 混沌とした道筋のインターネットを辿っていくと広場に出る。シルクロードの先がイスタンブールであったようにいろいろな文化と人々の広場にたどり着ける。素晴らしい。
 日本語ベースの会話だが距離感を感ずることなくコミュニケーションを取れる。
 この世界を体験していない人は「ネットワーカー」とか「パソコンおたく」とか自分とは違う世界の人だというような表現をするが、それはあさはかな悲しい世界観であることに気がついていないようだ。
 これを書いている間にメールが入る。前述のマニラ在住の人からだが失業者?にとっては心温かい励ましの檄文であった。
 また、年賀状に書いてあったメールアドレスとURLをもとに20年前に隣に住んでいた娘さんからメールが届く。
 「おじさん あけましておめでとうございます。20年前隣に住んでいた〇〇です。・・・・」
 家族一同驚きと喜びに浸る。
 こんなことってあるの。
 多分今日は家族全員のメールと写真を作成し送ることになるであろう。