平成11年1月9日 「Estoy aqui (エストイ アキ) ここにいますよ」

 徒然なるままに起き自分の好きな事をするという日課を目標として一ヶ月ほど過ごしたがその結果として体内時計が狂ってきたようだ。
 これまでは休日を除いて朝7時30分には起床し寝ぼけ眼で食事を詰めこみ出勤していたがその呪縛から開放されると起床時間が大幅に狂ってきた。
 午前3時や4時に目が覚め眠れなくなる。
 これ幸いと起きて机に向かったりパソコンに向かったりする。
 自分でおとしたコーヒーを啜りながらメールのチェックをして返信を書く。
 朝は当然ながら早くから活動しているので食欲がある。
 今までは食欲が無いままに朝食をとっていた今は違う。
 朝早くから起きているので昼間眠くなることがある。
 その時は自由人の強さですぐ眠る。
 夜型になった訳でなく12時前には布団に入るのだが3時4時になると目が覚める。
 人はこの現象を歳をとった所為だというが果たしてそうであろうか。
 話は変わるが、今回退職にあたり新年の挨拶と退職の挨拶を混合したような年賀状を頭をひねり作成してし知人・関係者に出したが肉筆を書き添えるのを忘れてしまった。
 文面から趣旨は伝わるものの自分の存在がそこから欠落してしまったのではないだろうか。
 私に限らず肉筆を避けるのは「字が下手だから」「面倒だから」という理由が多いようだ。
 妻は必ず年賀状に一言書きしるしている。「おげんきですか」「元気ですよ」という簡単なものであるが受け取ったものにとって肉筆の効用は高いものと思われる。
 今回じっくりと年賀状を見て相手の消息を推測するにあたり、印刷した文面からは感じるものが少なく一行添え書きがあるものからはその人の存在が強く感じられた。
 スペイン語で「Estoy aqui(エストイ アキ)」という言葉がある。
 旅先の絵葉書に書く一言だ。
 絵葉書には美しい風景と土地の名が印刷されている。そこに一言それを記することにより「自分を忘れないでくれ。ここに居るよ。」とメッセージを送れる。
 そこには肉筆だけが伝える人間性がある。
 どうも年賀状や手紙を書くにあたり、自分に殻を着せ身構えたものがあり心に余裕が無かったのかなと反省している。
 毎年自分の心象を和歌に託して絵葉書風の年賀状を送ってくれる友人がいる。
 紹介しよう。
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日頃の御無沙汰を猫柳の便りに託して
初春のお慶びを申し上げます
「弥生入り 北の都は なごり雪 ハラハラと 乾きし路面 濡らしゆきたり」
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